働き方改革関連法の施行
ワーク・ライフ・バランスを重視しつつ、労働生産性を向上させる目的である「働き方改革関連法」は2019年4月1日より順次施行されています。
これにより、罰則付きの時間外労働の上限規制が導入されることとなり、長時間労働の傾向にある物流業界にとって大きな影響があります。
「自動車の運転業務」については、一般則の施行日から5年後の2024年4月1日より、年 960時間以内とする時間外労働の規制が適用され、早急に長時間労働の是正の取り組みを行わなければなりません。
この是正の取り組みによって起こりえる様々な問題があることから、総じて『物流2024年問題』と言われています。
ちなみに元となる『働き方改革関連法』は、9つの項目を軸に新しい労働環境を整備しようとしています。
~働き方改革関連法の9つの概要~ |
① 時間外労働の上限規制 |
② 「勤務間インターバル制度」の導入促進 |
③ 年次有給休暇の確実な取得 |
④ 労働時間状況の客観的な把握 |
⑤ 「フレックスタイム制」の拡充 |
⑥ 「高度プロフェッショナル制度」の導入 |
⑦ 月60時間超残業に対する割増賃金率引き上げ |
⑧ 同一労働・同一賃金 |
⑨ 産業医の権限強化 |
・大企業は9つの概要は全て施行されています。
⑦ 月60時間超残業に対する割増賃金率引き上げは2023年4月1日より施行。(中小企業)
① 時間外労働の上限規制は2024年4月1日より施行。(自動車運転の業務他)
中でも、①時間外労働の上限規制、 ⑦月60時間超残業に対する割増賃金率引き上げ、の2点は物流業界にとって深く関わってくる概要です。
政府の労務方針
法定労働時間は休憩時間を除き1日8時間、週40時間になり(労働基準法第32条)、時間外労働時間は、年960時間が上限で月平均で換算すると80時間になります。(1か月の上限の規定はなし)
物流業界ではトラックドライバーの「時間外労働」によって支えられている部分が大きく、労働時間の短縮を図れば運送事業者の売り上げ減少からドライバーの収入減少へとつながる可能性があります。
それにより離職者が増えたり、経営悪化で倒産する企業も出てくるかもしれません。
そこで政府は「自動車の運転業務」についての見直しにあたって、ポイントを以下のとおりに示しました。
① 十分な猶予期間の設定
② 段階的実施(まずは年960時間以内の規制で適用開始。将来的には一般則の適用を目指す。)
③ 長時間労働を是正するための環境整備を強力に推進
① 時間外労働の上限規制:問題とその要因
トラックドライバー職の長時間労働是正による様々な問題とは、
- 人手不足
- 待機時間
- 荷役作業
- 長距離輸送
- IT化の遅れ
- 積載効率の低下
などがあり、上記ひとつずつに焦点を合わせてもさらに奥深いところまで要因は増えていきます。
① 人手不足の要因には、少子高齢化による若年層の不足とドライバーの高齢化です。
若年層が物流業界を選ばない理由として、3K(きつい・汚い・危険)のイメージを持っていることがあり、また中型・準中型トラック運転に要する免許取得が必要になったこと。
賃金が他の職業よりも低いことや、女性や高齢者が新たに就職しづらい雰囲気などが挙げられます。
また、離職率も高く有効求人倍率も一般産業に比べ高い水準になっています。
② 待機時間とは発着場所での荷役作業に取り掛かるまでの時間のことを言い、1運行で待機時間が2時間を超える確率は約30%にも上ります。
荷役作業には到着順番制というルールを扱っている企業が多いため、ドライバーは順番を取るために早い時間に出発しなければなりません。次の運行に支障をきたす場合もあるからです。
これは発着企業の運用が要因であるため、荷主企業の協力が不可欠となってきます。
③ 荷役作業では、手積み手おろしという作業が長時間労働の要因になっています。
パレットに乗せた荷物をそのままリフトで積み込めば短時間で済む荷役作業ですが、発着両企業ともにトラック1台当たりで多く荷物を輸送したいのはコストの面から見ても当然です。
ただ荷役に時間がかかってしまうと、順番を待つドライバーの待機時間は伸びていくばかりです。
④ 長距離輸送とは、指定先までの片道距離が300㎞以上を走る運行のこと。
東京から関西方面に出発した場合は愛知県の豊田市あたりから、大阪から関東方面に出発した場合は静岡市あたりから長距離輸送とされています。
高速道路利用で渋滞がなかった場合、上記の都市付近には約4時間の運転で到着し、長時間労働の是正に対してギリギリのラインになってきます。
例えば、北海道で水揚げ量が一位の釧路港から東京の市場へ魚を輸送するとなると、片道約1,400㎞になり、運転時間だけでも約20時間はかかります。
長時間労働の是正を図るためには、この長距離輸送そのもののあり方を考えていく必要があります。
⑤ IT化の遅れ:一般産業に比べ、物流業界のIT化は相当遅れています。
サプライチェーン全体を通して情報が共有されておらず、業務が非効率になっているのが現状です。
物流センターでは入出荷検品、ピッキング作業、送り状・荷札・伝票などの発行、運送事業者では最適な輸送・配送ルートなどが 非効率のため長時間労働の要因になっています。
⑥ 積載効率の低下:積載率とは輸送効率を表す指標の一つです。
国土交通省の調査によると1990年で55%程度でしたが、現在では40%を下回っています。
その理由の一つとして物流に対してニーズの多様化・細分化していることが挙げられます。
かつては自分の足で必要なものを買い物していた時代から、インターネットで買い物できる時代が到来し、それらに合わせた物流サービスが原因で積載率の低下を招いています。
当日配送や時間指定などの縛りとともに送料無料で少量の商品を高い頻度で購入する人が増えたこともあり、荷室の積載率よりも時間を優先させる必要があったからです。
この効率の悪さが物流の無駄を多くし長時間労働へもつながっています。
また非効率は燃料や走行距離にも大きく影響します。
② 月60時間超残業に対する割増賃金率引き上げについて
中小企業は2023年4月1日から「自動車の運転業務」にも、月60時間超残業に対する割増賃金率引き上げが施行されます。
長時間労働の是正に苦しむ物流業界、運送事業者にとっては厳しい施策になります。
仮に単価が1,800円で月の時間外労働時間が80時間だとすると、
(従来)1,800円 × 80h × 1.25倍 = 180,000円
施行後の時間外労働時間が60時間の場合、
(施行)1,800円 × 60h × 1,25倍 = 135,000円
時間外労働20時間分の賃金が、
1,800円 ✕ 20h× 1.5倍 = 54,000円
ドライバー1名につき月間9,000円の差が表れます。
これは(従来)の場合で時間外労働時間84hと等しい金額になり、1名当たりの時間外労働時間の月4h分を短縮することができれば人件費の圧迫はなくなる。
50名の規模で450,000円、100名の規模でしたら毎月900,000円の差が発生しますので、運送事業者にとっては厳しい状況になることはまちがいありません。
『物流2024年問題』へ向けた対応策
労働生産性の向上
・トラック予約受付システムの導入促進(荷待ち時間短縮)
・機械荷役への転換促進(荷役時間短縮)
・高速道路の有効活用(走行時間短縮)
・宅配ボックスの普及促進(再配達削減)
・ダブル連結トラックの導入促進(車両の大型化)
物流DX化でサプライチェーン全体の徹底した最適化
ドライバーの荷待ち時間、荷役時間の短縮を可能にした時の労働環境は劇的に変化するものになります。
運送事業者にとっては、ドライバーの労働時間が短くても利益の確保は可能と考えることもできます。
ビッグデータやAIを活用できるようになれば想像以上の成果が上がるはずです。
多様な人材の確保・育成
① 働きやすい環境の整備
・女性ドライバー等が運転しやすいトラックのあり方の検討
・中継輸送の普及促進(泊まり勤務を日帰り勤務に)
・機械荷役への転換促進(力仕事からの解放)
② 運転者の確保
・第二種免許制度の在り方についての検討
・大型一種免許取得の職業訓練の実施
取引環境の適正化
① 荷主・元請等の協力の確保
・「ホワイト物流」推進運動
② 運賃・料金の適正収受
・標準運送約款の改正趣旨の浸透促進
・トラック事業者・荷主のコスト構成等への共通理解の形成促進
労働力不足対策と物流構造改革の推進
生産人口減少の状況の中で、労働環境の整備、共同配送、多様な人材を受け入れられる職場環境の整備を行う。
シニアや女性が活躍できるようにドライバー業務を分割し、短時間の働き方ができるよう調整するなど、枠組みを広げることで新たな可能性を持つ人材を獲得できるかもしれません。
さいごに
物流業界の人材不足への対策には、時間外労働時間の規制は重要な課題です。
一方で、労働時間の短縮が収入減少をもたらす可能性も考慮すべき課題です。
政府、企業、運送事業者が協力し合い、古い慣習を捨て新しい物流の方法を探ることは、無駄を減らし利益を増やすチャンスといえます。
物流業界には多くの改善の余地があるため、企業やスタートアップにとっても大きな成長機会があります。
物流業界は非常に伸びしろが大きい分野なのです。
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